Vol.1 ネグリタ ラム

バーディネー社(フランス)

 

カリブの海賊が世界中に広めたラム

ラムの歴史を語るとき、7つの海を縦横無尽に航海した男たちの姿を抜きにはできません。その名は、『宝島』やディズニーランドでもおなじみの、カリブの海賊たち。血生臭い殺戮と略奪のあと、荒くれ男たちが興奮を鎮め、勝利に酔いしれるために乱暴に喉に流し込んだお酒がラムでした。 悪魔をも殺すといわれたラム。その生まれ故郷は、カリブ海に浮かぶ西インド諸島です。原料となるのは、コロンブスの新大陸発見とともに南欧から持ち込まれたとされるサトウキビ。すでに16世紀にはラムが作られていたといわれています。 18世紀に入ると、ヨーロッパの植民地政策の脇役として、ラムが大きくクローズアップされます。黒人奴隷の売買に伴う三角貿易に絡んで、ラムは好むと好まざるに関わらず、数々の人間悲劇を生み出すことになります。 このラムをこよなく愛したのが、18世紀から19世紀にかけて大活躍したイギリス海軍でした。ナポレオンがどうしても勝てないと切歯扼腕(せっしやくわん)した名将ネルソン提督にちなんで、イギリスでは濃いラムを「ネルソンの血」と呼んでいます。 ラムの語源にはいくつかの説がありますが、ラムバリオン(乱痴気騒ぎ)から来たとするのが有力。悲喜こもごも数々のエピソードを残しながら、ラムは世界中に広まっていきました。

フランスの洗練された文化との出会い

野性的で情熱的なラムを、都会的で洗練されたお酒に一変させたのが、1857年にフランスのリモージュに創立されたバーディネー社でした。創立者のポール・バーディネーは、それまで、どの輸入業者たちも考えつかなかった方法で、ラムをファッショナブルなお酒に変身させたのです。 当時の輸入業者たちは、篭入りびんや20~30リットル詰めの小さな樽を輸入し、そのまま販売していました。品質はそれほど吟味されず、味わいやアロマも一定してはいません。まさに、カリブの海の荒々しいイメージそのままのお酒でした。 ポールは、この無印のラムをボトルに詰め、ネグリタ・ブランドを冠しての発売に踏み切ったのです。これはラムの革命でした。しかし、同時に自らの技術に対する困難な挑戦でもあったのです。びんに詰めるということは、単に形態を変えるということにとどまりません。ネグリタというブランドとして、常に一定の品質・風味が求められることになるのです。 ポールはいろいろな醸造元からさまざまなタイプのラムを取り寄せ、経験豊富なブレンダーにブレンドさせ、それをさらに熟成させることで、いつ飲んでも同じ品質で同じアロマのラムを消費者に提供することに全身全霊を傾けました。彼が求めたのは、高度なオー・ド・ヴィー蒸留技術と職人的ブレンダーの経験があってこそ生み出される、本物の味わいでした。 品質にばらつきの多かった当時のラムの中で、ネグリタ・ラムが大きな人気を獲得していった理由は、まさにここにあります。

日本にはじめてラムを紹介

バーディネー社は、ネグリタ・ラムの安定した品質に加えて、ラベルによるイメージ戦略でも大きな成果を挙げました。 初期のラベルの片隅に小さく描かれていたのが、マドラス・ヘッドドレスに大きなイヤリングの愛らしい混血娘でした。名はネグリタ。ところが、しだいにこの可憐な少女の顔が評判を呼び、ラベルの中央に移されることになります。そしてついには、ネグリタの顔で指名買いされるまでに広く愛されるようになったのです。赤い楕円形の縁取りをしたラベルに描かれた混血娘の横顔は、フレンチ・ラムの代名詞として、いまなお世界中で親しまれ続けています。 今日、バーディネー社は西インド諸島のマルチニック島などの工場で蒸留したラムの原酒をボルドーに運び、オーク材で作った樽で熟成させて世界中に供給しています。ネグリタ・ラムの高貴な味わいと豊潤な香りは、フランスの伝統と歴史が育んだ「ラムの貴婦人」の名にふさわしいもの。フランスのシェアの80%を占め、世界各国でカクテルや洋菓子作りに欠かせない存在として愛されています。ちなみに、ボルドーの銘菓として有名なカヌレ作りにもラムが不可欠ですが、カヌレ協会会長はネグリタ・ラムを使ってこそ本物のカヌレであると推奨しているほどです。 1905年(明治38)、日本にはじめてラムを紹介した実績は、バーディネー社の誇りとして今に語り継がれています。この年、社長が来日しているのですが、当時の日本は日露戦争の勝利で沸き立っており、戦勝パレードによる大混乱が各地で展開されていました。そのため、せっかく長崎に入港したものの、東京にまでたどり着けなかったというエピソードも残されています。 香気高いミディアムタイプのネグリタ・ラム、デリケートな香りのネグリタ・ホワイト・ラム、プロ好みのダブルアローム、三ツ星以上のレストランだけにおいてある最高級のディロン・ラムなど、バーディネー社のラムは、繊細かつ芸術的な味わい。1957年には、長年に渡って品質改善に貢献したことにより、栄誉ある「フランスの威信賞」を授与されています。 ネグリタ・ラムは、まさに世界の銘菓を支えてきた偉大なる脇役なのです。

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